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リテラシー桃太郎

桃太郎

 

「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいま――」

「前フリ長い! さっさと桃太郎を出発させてよ!」

「は?」

 子供達からの要求に、老人は目を丸くした。

 老人はいまどき珍しい「紙芝居屋」だった。二十歳の頃から紙芝居を始め、この道六十年の大ベテランであり、子供達の心を掴むその巧みな語り口には定評があったが、三十年ほど前から紙芝居そのものの需要が激減し、ここ二十年は人前で紙をめくることすらなかった。

 ところがこの度、近所の小学校の校長から「子供達に古き良き文化を教えてほしい」との要望があり、物置の奥に眠らせたままだった紙芝居道具一式を取り出し、子供達の前に現れたのだ。奇想天外な物語に心躍らせる、あの子供達の顔をまた拝むことができるなんて――。

 しかし、昔話の大定番「桃太郎」を語り始めたときに、それは起きた。

「いいからおじちゃん、早く桃太郎出して。桃太郎が出てから面白いんでしょ!」

「そうだよ。おじいちゃんとおばあちゃんなんて見たってつまらないよ。さっさと鬼ヶ島鬼ヶ島!」

「い、いや。しかしだね坊や達。こういうのは最初からきちんと流れを追っていかないと、話が繋がらないというか。なんで桃太郎が桃太郎という名前なのか、なんで鬼ヶ島に行かないといけないのかとか、話が飛び飛びになるとわけがわからない部分があるだろう?」

「いいってそんなの。桃太郎のストーリーくらいみんな知ってるし!さっさと鬼退治!」

 すると、子供達は一斉に鬼退治コールを始めた。その光景に、老いた紙芝居屋は困惑するばかりである。

 昔から落ち着きのない子やあわてんぼうな子はたしかにいて、話を聞かせている間もソワソワウズウズとしていることは珍しくなかったものだが、全員が一斉に話のショートカットを要求するということは長い紙芝居屋人生に於いて経験がない。

「おや、どうかしましたかな」

 背後からやってきた偉そうな中年男はこの小学校の校長である。彼が直々に自分の元へ、子供達の前で紙芝居を読んでくれと依頼にきたのだ。

「いえ、実はこういうわけがあってですね……」老人が事情を説明すると、校長はひげを指でいじって答えた。

「ああ。でも、それは仕方ないかもしれませんな。今はあらゆる娯楽が若者たちから、内容の密度より情報の早さを要求される時代です。音楽、小説、映画、ゴシップ。詳しく知るより、とにかく早く、多く、無駄なく、次から次へと情報を供給することを求められているんですよ」

「そうですか……それにしても桃太郎を短縮してくれというのはあまりにも。それほど長い話でもありませんし」

「いえいえ、とにかく展開を早くすることが大事なのです。そうでないと今どきの子供達にはすぐ飽きられてしまう。なにぶん消費が早い。今の時代は『早い』ということに価値が有るのです。時間をかけて深く掘り下げる必要はありませんから、要点だけを捉えてお話ください」

 老人は訝しげに顔を歪ませながら、再び紙芝居を手に子供達へ向き直った。今はそういうものなのか。いや、今に限らず「早いものを楽しめる」というのはいつの時代も若い者の特権だったはずだ。年をとると否が応でも、スローテンポなものを嗜むようになる。

 だからといって、戦後日本を支えてきたこの道六十年の大ベテラン。磨きぬかれた語りのテクニックを妥協させてはいけない。何より子供達に、面白い物語とはどういうものなのかを真摯に説き聞かせる義務が自分にはあるのだ。

「省略はしません。きちんと頭から話を追って聞かせます。みなさん静かに聞いてください。静かにしてたら飴玉をあげるからね」

 子供達のえーっという声を聞き流し、老人は再び紙芝居を読み始めた。熟練のテクニックも手伝い、聞き慣れた童謡だとはいえ子供達もすぐに黙って聞き入るようになった。ほらみたことか。いくら時代が早いものを要求するようになったとはいえ、子供達が本当に必要としているのはきちんと中身の詰まったものなのだ。

 ついに鬼退治が始まり、鬼ヶ島で桃太郎達が切った張ったの大立ち回りを始めた瞬間、子供の一人が手を上げた。それはつい先程、「桃太郎」の途中で教室に入ってきた子である。

「ねえ、なんで桃太郎達が鬼をいじめてるの? 鬼がなにしたの? それおかしいよ」

「ね、絶対おかしいよね」

 反応したのもまた彼と同じように「桃太郎」を途中から聞いた子供であった。どうやら彼らは、そもそも「桃太郎」がどういう話なのかもわからないようである。

「そうか、君達は途中から聞いたから桃太郎達がなぜ鬼と戦っているのかわからないんだな。あのね、実はこの鬼達は」

「あー、もういいよ。桃太郎ってそういうお話なんだね。理由もなく鬼達をいじめようって話なんだね。面白く無いからいいや。みんな、サッカーしようぜ」

 背を向けてカバンからサッカーボールを取り出しそうとする子供達を、老人は制する。

「ちょっと待ちなさい。話を流れをちゃんと追わずにここだけ聞いたら確かにそう思えるかもしれないけれど、桃太郎が鬼を倒すのにはちゃんと意味があるんだ。よしわかった。君達のためにもう一回最初からお話してあげようね」

「えー、いいよそんなの。最初から全部聞くってめんどい」

「そうそう、俺達が面白いと思う部分だけ聞かせてよ」

「そういうわけにもいかないだろう。ささ、座りなさい。桃太郎がどういうお話なのか聞かせてあげるから」老人は子供達を促した。

 すると、他の子供達からブーイングが起こった。同じ話をまた聞かされるのだから気持ちがわからなくもない。しかし、一人でも「欠けた話」しか知らない子を出すことは、数々の物語を紡いできた男の意地として看過できなかった。

「じゃあさおじちゃん、まとめてよ」

「ま、まとめて?」老人は声が裏返った。

「そうそう。話に必要な部分だけまとめて話してよ!」

 すると子供達から今度は一斉に「まとめて」コールが起こった。

「おじちゃん、知らないの? ややこしいことは誰かにまとめてもらうとすっごく便利なんだよ!」

「そうそう、時間がかからないし、とりあえずわかればいいし」

 まとめて! まとめて! 子供達の無垢な声が老人の耳を刺す。すでに老人は頭の整理がつかなくなっていた。

 一体何を言ってるんだ、この子達は。お話をまとめて聞かせる紙芝居屋なんて聞いたことがない。もしも目の前にそんな輩がいたら、プロ根性を叩き込んでやりたいくらいだ。

「だ、だだ、ダメに決まっているじゃないか。ちゃんと順序を追って話さないと、お話っていうものは魅力がなくなってしまうし、君達だって細かいところまでちゃんと理解できないままだ。それにおじちゃんがわざと、桃太郎が悪者であるかのようにまとめることだってできる。君達にウソを教えることだってできるんだ。それでもいいのか?」

「えー、いいよ別に。そんな重要なことじゃないし」

「じゅじゅじゅ、重要じゃない?」老人の唇がプルプルと震える。

「おーい、ちょっとこっち来いよ」先ほどの『途中から入ってきた少年』が、たまたま通りかかった隣のクラスの男子を手招いた。

「知ってるか? 桃太郎って実はこんなにひどい話なんだぜ」

「えーっ、マジで? クラスのみんなにも知らせてこよう」

「ま、ままま、待て! 待ちなさい! ちゃんと聞けばわかるんだから! お話には順序と、細かい部分に込められた意味というものがあって……」

 そこで老人は気がついた。先程までの「まとめて」コールが止まっていたのだ。子供達に目を向けると誰も彼もすでに老人には目もくれず、中には携帯ゲーム機やトレーディングカードで遊びはじめている者達までいる。

「あれ、おじちゃんまだやってたの?」

「な……!」老人は目玉をひん剥いた。

「なんですかこれは。一体何ごとですかな」

 声をかけてきたのは校長だ。さすがに異常事態を察したのか、怪訝そうな表情を浮かべている。

「実はこんな事情があって……」

「ですからさっきも言いましたように、深く掘り下げる必要などないと言ってるじゃありませんか。この子達は『深く知ること』を求めてないんです。そういう時代なんですから、ちょろっと聞いただけで全部理解できるように、あなたが工夫してください」

「そんなことできるわけないだろう! 物理的に無理なものもあるし、仮になんとか限界まで省略することできたとしても、たしかにわかったつもりにはなれるかもしれないが、それは『つもり』でしかないし、何より物語に対する冒涜だ! あなたも教育者ならちゃんと聞いたり調べたりする姿勢を教えなさい!」

 老人は激昂した。しかし、校長だって負けてはいない。

「あなたに教育を説いてもらう必要はない! あなたが相当に語りの上手いベテランだと聞いたから依頼したのに、なんなんだこのザマは。子供達を満足させることすらできないのか!」

 その一言は、老人の強固なプライドを大きく揺さぶった。老いた身体の中に眠っていた、『語り手』としての熱い意地である。

「わかった! ああ、わかった! その期待に応えてやろう!」

 老人は紙芝居を再び子供達の前に掲げると、目にも留まらぬ速さで次々と紙をめくり、教室中を舞い散る紙の中で、まくし立てるようにがなった。

「桃から生まれた桃太郎が犬と猿とキジを連れて悪い鬼を退治した! おしまい!! どうだ! これがお前らの求めた桃太郎だ! 面白いか! こういうのが面白いんだろ!!」

 禿げ散らかった頭まで真っ赤にしながら、老人が荒い呼吸を整えて子供達を見ると、子供達は目を輝かせ、一斉に拍手を鳴らし、

「桃太郎面白すぎワロタwwwww」

「まぢカンドーしたょ……」

「まさに ネ申 芝居だな」

 と、口々に絶賛の声を漏らし始めた。

 溢れる笑顔に囲まれて。老人は思った。そうだ……これが俺が求めていたもの。受け取られるものの形は時代によって変わる。子供達に喜んでもらえたなら、どんな形であれそれで全てよかったんじゃないか? これこそが紙芝居屋冥利に尽きる、というものではないだろうか……。

 そうだ。俺はまだ、この紙で子供達を喜ばせることができる。俺はまだ、紙芝居を捨ててはいけないんだ――。

 そのとき、眼鏡をかけた教師のような男が老人に声をかけた。

「すみません、先ほどの『桃太郎』を聞かせていただいたのですが。そうやってなんでもかんでも省略して聞かせようという姿勢は子どもの教育上あまりよろしくないのではありませんか? あなたのような怠惰な大人が子供から調べる機会というものを奪い、ゆくゆくはこの国から考える力というものがなくなり、社会とのコミットメントに対し意識の低い大人が増えていくのです。そもそも紙芝居というのは伝達ツールとしてあまりにも貧弱すぎる。ソーシャル革命で気軽にコンテンツを発信できるようになり情報が雑多に溢れる時代だからこそ、教育の現場においても需要と供給にマッチングしたサービスを如何に上手に利用するかを――」

 老人は『桃太郎』を床に叩きつけると、今日限りでの引退を決意した。

 

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