反日だらけのおとぎ話
「A先生。明日の読み聞かせ会、どの作品を子供達に読み聞かせるか、もう決めましたか」
「あ、B先生、お疲れ様です。ええ、色々種類があったので結構迷いましたが、無事決まりましたよ」
「そうですか。今回のテーマはたしか『外国のおとぎ話』でしたっけ。前回のテーマは『日本のおとぎ話』でしたが、とても評判が良かったですからね。私としてはこのまま、もう一度日本の童話を読み聞かせてもいいと思ったのですが。日本にはとてもいいお話が多いですからね」
「ですがB先生、やっぱり海外のおとぎ話にもいい作品はたくさんありますから。子供達のタメになるような、素晴らしいお話が」
「ええ、まあ。ですが、やはり作品のチョイスは慎重にならないと。子供たちは感受性が豊かですぐに影響を受けてしまいますし、海外の作品となると、日本人との意識の差というか、考え方とか、そういう面にも気を配らないとですね」
「そんな、考え過ぎですよ。いいお話は国境も年齢も選びませんから」
「はいはい。それで、どのお話を読み聞かせるんですか?」
「これです。『王様の耳はロバの耳』。有名ですけどいい話ですよね。恐れずに本当の自分をさらけ出せば、隠し続けるより気持ちが楽になる。しかも最後にはハッピーエンドだ。子供に読み聞かせるにはいい話だと思うんですけれど、どうですかね?」
「え、うーん。王様の耳はロバの耳、ですか。そうですねえ、うーん。私はあまりオススメしませんねえ」
「B先生、『王様の耳はロバの耳』はあまりお好きではない?」
「そうですね。いや、子どもの教育上、あんまりよろしくないというか……このお話、結構その、反日的なメッセージが込められているんですよね」
「反日ですか? え、そんな政治思想的なお話でしたっけこれ」
「表面上はね、普通の童話のように見えるんですが。実は暗喩なんですよね。例えば、ジャパン・アズ・ナンバーワンというように、日本はいろいろな面で世界一素晴らしい国なんですよ」
「え、うーん。よくわかりませんが、そうなんですかね」
「そうに決まってますよ。日本が世界一だと、A先生も嬉しいでしょう?」
「そりゃまあ、嬉しいですけれど」
「つまり、日本は世界の王様だということになる。この話は王様が耳を隠すあまり、自分の髪を切った床屋を次々と処分していくって話じゃないですか。これはつまり、日本は恥部を隠すために国民の言論を封殺する国だ、っていう意味が込められているんですよね」
「ええ? それはいくらなんでもちょっと考え過ぎじゃ……」
「日本の政権はメディアに圧力をかけて自由な報道を奪っている、と言いがかりをつけているんですよ」
「いやそれはないですって。日本は世界の王様だって解釈も、外国がそんな風に捉えてくれているかわからないじゃないですか」
「わかるんですってこれが。『裸の王様』だって似たようなものです。あれも日本は世界の笑われ者だ!っていう反日思想が込められた作品ですからね」
「いや、それはないですって。初めて聞きましたよそんなドロドロした裏側」
「A先生、知らないんですね。海外のおとぎ話はですね、こういう反日思想が込められた話ばっかりなんですよ。子供相手に読み聞かせるには、非常に危険なんです」
「そ、そうなんですか? うーん、そうは思わないけれど……じゃあ代わりに、このお話なんかいいと思うんですけれどね。『金のオノ銀のオノ』。これはすごく教育にいいですよ。嘘をつかず正直に生きていれば得をするけれど、人を騙そうとすれば損をする。正直なことの尊さを説いた名作ですよね」
「金のオノ銀のオノ……いやあ、これもちょっと、いただけないですね」
「あ、ダメですか?」
「ええ、実はこれも……」
「まさかこれも反日思想が入ってるっていうんですか?」
「ええ。よく考えても見てください。日本はかつて、黄金の国ジパングって言われていたくらい、金が眠っている国だったんですよ。最終的には金のオノを持った女神が泉に沈んでいくわけじゃないですか。あんまりこういうことは言いたくないですけれど、日本沈没ってことですよね」
「いやそんなわけないでしょう。ちょっとそれは強引すぎますよ」
「強引ではないです。これくらい敏感にならなければならないんですって。そもそも木こりが最終的に痛い目を観るっていうのはですね、古くから勤勉な農耕民族である日本人を小馬鹿にしているんですよ」
「してませんって。あの木こりは嘘をついたから痛い目を見たのであって、最初の木こりは得をしてるでしょう。農耕民族だから、とかは関係ないですよ。あと日本人は特に農耕民族ってわけでもないですからね」
「とにかく、『金のオノ銀のオノ』はダメですね。別の話にしてください」
「あの、さっきからちょっと納得しがたい理由ばかり挙げていますけれど、もしかして本気でそう考えてます?」
「本気も何もそうとしか解釈できないですね。何度も言いますけれど、A先生が思っている以上に、日本に対し悪意を持って作られたおとぎ話は海外に多いんですって」
「いや、100%思い過ごしだと思うんだけどなあ……じゃあ、これなんていいんじゃないですか。『北風と太陽』。手っ取り早く力強さに訴えるより、じっくり頑張ればしっかりと結果を出せる。教訓にもなっていいお話ですよ」
「うーん、いや、太陽っていうのはこれつまり、日の丸ってことですよね。日の丸が、旅人の服を脱がす」
「ええ、まあ、日の丸といえば日の丸ですね。太陽ですから」
「……これもダメですね。もうわかりやすい反日ですね。だってね、『日の丸を掲げた者が突然異国の人間の服を脱がしてきた』ってことでしょ。これはね、慰安婦問題を暗に示しているんですよ」
「示してないですよ。なんでそうなっちゃうんですか」
「慰安婦の強制連行を肯定してるって文脈になるんですよ。『北風』というのもこれ、北ってことはつまり北朝鮮のことを指しているんでしょう?」
「でしょう?って言われても困りますよ。『北風と太陽』が日本に伝わった頃には、まだ北朝鮮という名前はなかったんですよ」
「もうこれは絶対にダメです。もってのほかですね。子供に誤った歴史を植え付けてしまう」
「子供が『北風と太陽』聞いて慰安婦問題とか考えないでしょう。結び付けないですよ」
「あのね、A先生、本当に国益を考えながらチョイスしてます?」
「いや考えてないですよ。子供に聞かせたい話を選んでるだけですから。国益なんて最初から考えてないです」
「ちゃんと考えてください。子供はやがて国を担う財産なんですから」
「それはそうですけれど……うーん、じゃあこれなんてどうですか。ベタですけれど『赤ずきん』なんて」
「ハッフン。あのね、問題外もいいところですよ。ハッフン」
「ハッフンってなんですか。『赤ずきん』、何も問題ないですよ」
「赤ってことはつまり、共産主義ってことですよね。頭がアカで染まった女の子が主人公なんでしょう? ガッツリ左翼の話ですね」
「全然違いますよ。あなた『赤ずきん』読んだことないんですか?」
「アカに染まった女の子が、オオカミに食べられるわけじゃないですか。このオオカミっていうのは、日本を現していますよね、ニホンオオカミってことで。日本を悪者に仕立てあげている」
「ニホンオオカミ以外にもオオカミはいますよ。さすがに被害妄想が過ぎますって」
「最後にオオカミは石を詰められて川に沈むわけじゃないですか。あれは『日本を転覆させるぞ!』っていうメッセージ以外の何物でもない」
「あなたどうしちゃったんですか。ちょっと休んだほうがいいんじゃないですか」
「『ねえお婆さん、どうしてそんなに身体が大きいの?』『それはね、共産主義者を特高につき出すためだよ』」
「そんなシーンなかったでしょ。あなたが今勝手に作ったんですよ」
「もうわかったでしょう。赤ずきんは絶対ダメです。今すぐ出版禁止にしていいくらいなんですから。やっぱり日本のおとぎ話にしましょう。ね、そうしましょう」
「ダメですってば。一体何を出せば納得してくれるんですかね。ええと、じゃあこれはどうだろう……『ラプンツェル』」
「ラプンツェルでしょ……『ラプンツェル』……『落粉潰える』……落ちて粉砕して潰える……これはつまり、原爆のことですね」
「絶対違いますよ。そんな不謹慎で強引な当て字、考えるわけ無いでしょう」
「これはね、日本に対する宣戦布告なんですよ」
「考え過ぎるにも限度がありますって。じゃあこれは、いやこれも多分ダメなんだろうな……『みにくいアヒルの子』とか」
「みにくいアヒルの子、ね……うんうん。これはいいんじゃないですか」
「ほ、本当ですか?」
「ん、待てよ。やっぱダメですね。ローマ字にするとMINIKUIAHIRUNOKO……並び替えるとKI NIHON URAMI IKOU……『鬼日本、恨み行こう』……ねっ?」
「ねっ?じゃないですよ。よくそんなの出てきましたね」
「危険なメッセージっていうのは、こういう小手先の技を使って知らないうちに脳に摺りこんできますから」
「あんたの頭のなかどうなってるんですか」
「あなたこそいい加減にしてください。ちゃんとした作品はないんですか!」
「全部ちゃんとしてましたよ。あんたがちゃんとしてないんだ。じゃあもうこれでいいですかね。『ジャックと豆の木』」
「『ジャップの豆野郎』」
「力技じゃないですか」
「豆野郎ってなんだこの野郎!」
「こっちが聞きたいですよ。そんな蔑視表現わざわざ使いませんし、そもそも豆野郎ってなんですか。そんな悪口聞いたことないですよ。あなたが無理やりそういう風に解釈しようとしてるんじゃないですか。自分で居もしない敵を作り上げてる」
「とにかく、海外のおとぎ話はダメです。やっぱりね、純国産の、日本人の手によって編まれた、日本で古くから語り継がれたおとぎ話。これに限るんですよ。素晴らしい国の作った話なんですから」
「そっちの解釈だと日本どんだけよそから恨まれてるんだって話になるじゃないですか」
「ったく、よくもまあここまで危険な思想が出てきますね」
「お前だよ」