生産性だらけのおとぎ話
「A先生。明日の読み聞かせ会、どの作品を子供達に読み聞かせるか、もう決めましたか」
「あ、B先生。お疲れ様です。結構迷いましたが、無事決まりましたよ」
「そうですか。いや、子どもたちの感性はとても敏感で繊細ですから。なにせこの国の未来を背負って立つ存在ですからね。ちょっとでも悪影響のあるおとぎ話は聞かせたくないものですよ」
「まあ、おとぎ話は教養の宝庫ですし、そんなに気難しく考えるほどでもないと思いますよ」
「ええ、まあそうなんですが。ところでA先生、どんなお話を読む予定なんですか?」
「そうですね。定番中の定番でお恥ずかしいのですが、『桃太郎』なんていいかもしれないですね。教養って面ではちょっと難しいですけれど、まあそつがない感じで」
「桃太郎。桃太郎……うーん……そっかぁ……」
「あれ? なにか問題でも?」
「いえ、ちょっとね……桃太郎ってたしか、おじいさんとおばあさんが子供が入った桃を拾う話ですよね。これ、ちょっと変えてもらえませんか?」
「はあ、どのように?」
「最初から、おじいさんとおばあさんに子供がいた設定にしてもらいたいんですよ」
「何故ですか?」
「いや、あのね。子供のいないおじいさんとおばあさんって、ちょっと子供に読み聞かせるにはどうかというか……端的に言うと、生産性に欠けるっていうかね」
「生産性、ですか? ですがおとぎ話に生産性もなにも……」
「A先生。こういうのが大事なんですよ。子供がいない夫婦というものが当たり前であるかのように教えるのは、ちょっと子供たちの教育によろしくないんじゃないかと。夫婦というのは子供を生み育てて、国に寄与するのが当たり前だってことを、子供にはきちんと教えないといけない。子供を産まない夫婦には意味がない」
「ええ~……うーん、それはちょっと考えが凝り固まり過ぎな気がしますけれど」
「A先生はゆるいんですよ。この国を担う子供達には誤った知識を教えてはいけないんです。おじいさんとおばあさんには子供がいた。この設定じゃなければ『桃太郎』は通せませんね」
「しかし、そうなると桃の要素が介入する余地がもうどこにもありませんが」
「じゃあタイトルは『太郎』にしましょう」
「一気に味気なくなりましたね。じゃあ桃太郎はやめて……これも定番ですが『浦島太郎』かな」
「浦島太郎、うーん……浦島太郎ね~……」
「あれ、まだなにか問題が?」
「いや、ほら。浦島太郎って最後に百歳の老人になってしまうじゃないですか。単純に考えて百歳の老人って……生産性、あります?」
「え、いや。生産性って言われても……具体的にどういうことを指すのかわかりませんが……」
「いや、今は人生百年時代って言いますし。百歳でも現役バリバリで子供を生んだり働いたりして国に貢献してくれればいいんですが、でもそんな生産性に富んだ百歳ってそうそういないでしょう?」
「B先生。これはおとぎ話です。生産性とか、そういう要素を求めちゃいけないですよ。それもお年寄りに対して。というか、先程から生産性ってなんなんですか?」
「よく聞いてくださいね。おとぎ話っていうのは、子供達にとって深い教養にならないといけない。この国のために何ができるのか、何を施し、何を残せるのか。そのあたりまで教えていく必要があるんですよ。この国はただでさえ少子化が進んでいるんですから。これは喫緊の課題なんです」
「だからといって、その、生産性ばかりを追い求めるのは酷じゃないですか? 生産性って言葉もあまり私は好きではないですね」
「A先生、本当にお願いしますよ。生産性のあるお話をお願いします」
「え~っと……じゃあ『わらしべ長者』なんてどうですか? 貧しいけれど働き者の若者が出てきますし、最後には夫婦になりますよ」
「なるほど、それはいいかもしれませんね。では『わらしべ長者』に決定……ん? 待ってくださいよ?」
「まだなにか不満が?」
「たしかその話、わらをいろんなものに交換していって成り上がる話ですよね。その主人公って……税金払ってます?」
「税金、ですか?」
「ええ。この主人公、運だけで富を得ていますよね。わらがミカンになって、ミカンが布になって、布が馬になって、馬が……って感じだったと思うんですが、国にいくらか収めてる描写ってありましたっけ?」
「いや、これはただの物々交換なので……それに運だけじゃなくて、優しさや誠実さもあったから、この主人公は幸せになれたんです」
「かといって、手に入れた財産を国に収めないのは、国に対する貢献度が低いとしか言いようがありません。わらは……まあいらないとしてもですよ。ミカンも一個は国に収めるとか、布も切れ端を収めて、馬も馬刺しにして」
「馬刺しにしたら物語が成立しなくなりますよ。何も貧しい若者からそこまで搾取しなくても」
「搾取とは人聞きの悪い。これは国への貢献。国民が何かを生み出すのは、これ国、ないし国民に還元するため。これが国家と国民の結びつきなんです。国に何か施さない国民に、存在意義がありますか?」
「それはちょっと言いすぎですよ。国に馬刺し渡して存在意義を担保してもらうんですか?」
「A先生。センスがない。おとぎ話というのは教養の水脈なんです。もっとこう、This is 生産性みたいなお話をくださいよ」
「ハードル高いですね。日本のおとぎ話だから国民とか言い出すのかな……じゃあ『赤ずきん』なんてどうですか?」
「『赤ずきん』ですか……う~ん」
「あ、さては『寝たきりの老人が出てるので生産性がない』とか言う気ですか?」
「この人語を解す狼って税金払ってますか?」
「そっちか~」
「いえ、たとえばこの狼って多分、赤ずきんの世界においてはマイノリティですよね。狼にいくら子供を増やされても、それは人間や国家への貢献にはなりませんし、この狼って税金払ってるんですか? 払っていたとしても、そもそも狼みたいなマイノリティのために国民の血税を使う必要ってあります?」
「ちょっと落ち着いてください。これはおとぎ話ですし、人語を解す狼は実在しません。よしんばいたとしても、国の貢献度とか、生産性だとか、そんなものを基準に税金の使い道を決めるのはおかしいでしょう。払っていようが払ってなかろうが、マイノリティだろうがマジョリティだろうが、誰にだって税金を使ってもらう権利はありますよ」
「ですからこうしましょう。狼はどこにでもいそうな納税者の人間のおじさんという設定に改変してください」
「どこにでもいそうな人間のおじさんがお婆さん食べたらそれはもうホラーでしょう」
「『おばあさん、どうしてそんなにお口が標準的な人間のサイズなの?』『それはね、国に貢献することで標準的な人間でいられるからだよ!』赤ずきんちゃんガブー!」
「ガブー!じゃないですよ。話の流れ崩壊しすぎでしょう」
「失礼ですがA先生ってたしか結婚してましたよね。でも子供がいない。それじゃあこの繊細な感覚はわかんないのかな」
「子供のいるいないは関係ないでしょう。子供を作ることに国のためだとか考えませんし、子供が生まれてもお前は国のために生まれたんだとは言いませんし、作らないのも自由だし、それを誰に責められる謂れもありません」
「それはわがままだ。話が噛み合わないな……A先生。もっときちんと考えてお話を選んでください。子供の、日本の、未来がかかってるんですよ!」
「仕事が急に重たくなったな……じゃあもうこれなら文句ないでしょう。『アリとキリギリス』。勤勉な者が得をするという、ケチのつけようがない話ですよ」
「おっ、それはいいかもしれないですね。ついでにアリが日本に納税してる描写を含んでほしいですね」
「虫に税金を課す国ってそこそこ終わってないですか」
「アリっていうのは働きアリって言うくらいですし、力持ちだし、時には一撃必殺の攻撃力も持ってるし、高度なプロフェッショナルとしてどんどん働いてほしい。まさにこの国の国民性にぴったりですね」
「アリに例えられてもあまり嬉しくないですけどね」
「ところで私も何かおとぎ話を選ぼうと思ったんですけれどね。ここはやはり生産性を体現しなくてはと思って、自分でおとぎ話を作ってきたんです」
「はあ」
「タイトルは『一寸法師2』」
「パクリだよ」