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政治的な主張がないおとぎ話

「A先生、明日の読み聞かせ会、子供たちにどのお話を読み聞かせるか決まりましたか?」

「お疲れ様です、B先生。もう決めてきましたよ」

「そうですか。いや、子供たちはとても感受性が豊かだし、親御さん達もこの行事がだいぶ気に入っている。変なお話は読み聞かせられませんからね」

「変なお話なんて、そうそうないですけどね。どのおとぎ話も、教訓に満ちたいいお話ばかりですよ」

「ええ。ですが、教訓というのもあまり押し付けると、ほら、最近は世間も色々とうるさいですから。それで、明日はなんのお話を読み聞かせるんです?」

「えっとですね。『はだかの王様』なんてのはどうでしょう。ほら、ちょっと笑いどころもありますし。有名な作品だし、ちょうどいいと思いますけどね」

はだかの王様……はだかの王様ですか。う~ん……それ、やめときましょうか」

「あれ、何かご不満ですか?」

「いえ、あのですね。たしかに有名な作品ではありますけど、ちょっとね、いろんなところから怒られるんじゃないかな、って気がしますね」

「怒られるって、誰にどうして怒られるんですか?」

「いえ、内容がちょっとね。政治的すぎやしないかな、と」

「政治的、ですか? ちょっとよくわからないんですけれど、具体的にどのあたりが?」

「いやですね、そのお話、結果的には王様が国民から裸であることを指摘されてしまうじゃないですか……これはつまり、反権力を意味してるんですよね。権力批判的なメッセージがある」

「いや~、そういうことじゃないと思いますよ。ただ王様が裸なのを笑われてるだけですし、考えすぎだと思うんですけれど……」

「ですが、愚かな権力者を『裸の王様』って表現するじゃないですか。この話はちょっと政治的すぎるので、ほら、親御さん達がなんというか」

「なにも言わないと思いますけど……」

「とりあえず、その作品はダメ。政治的な内容のものは控えていただきたいですね」

「う~ん、そうですか……じゃあ、これなんてどうです? 『金の斧と銀の斧』。これなんかいいじゃないですか。正直に生きればいいことがあるよというメッセージがあります」

「あ~、それですか。ちょっと待ってくださいね。う~ん……う~ん……ダメですね」

「えっ、これもダメなんですか? どうしてですか?」

「いや、悪くはないんですけれど、たしか冒頭、正直な木こりが斧を泉に捨てていますよね」

「捨てたというか、落としたというか」

「あと、嘘をついた木こりは斧を失っているわけで。ほら、斧ってそこそこ強い戦力になるじゃないですか。これってあの、いわゆる戦力を放棄してるわけなんですよね。それってつまり、戦力の不保持ということなので……憲法9条を守れというメッセージですよね」

「ならないですよ。憲法のけの字も出てこないじゃないですか」

「軍備や戦力を持つな、という政治的な主張がね、込められているわけなんですよ」

「込められてないですって。木こりは戦力として斧を持ってたんじゃないですから。あくまで木を倒すためにですね」

「万が一この話を聞いてね、子供たちが戦争は嫌だなあとか言い出したらどうするんですか」

「言いませんって。仮に言い出したとしても別に何も悪くないでしょう」

「いや~、怖いな。怖い怖い。親御さんに怒られちゃう。政治的な話題は燃えやすいですから、できるだけ表に出さないほうがいいんですよ」

「政治的ですかね? 考えすぎだと思うんだけどなあ」

「他のお話はないんですか?」

「えと……あっ、これなら文句ないでしょう。『赤ずきん』。ね、これはみんなもう知ってますし、安心して読み聞かせできますよね。全然政治的じゃない」

赤ずきんですか、赤ずきん……x²+{y-³√(x²)}²=1……ダメですね」

「何を計算したんです?」

「A先生、あなたは『赤ずきん』の政治性に全く気付いてない。いいですか。古来より「男は狼」といいますよね。その狼を、結果的に女の子とおばあさんが退治するわけですよ……これはつまり男は女を不当に扱うなというメッセージがあるんです」

「ないですって。悪い人食い狼が退治されただけのことじゃないですか」

「A先生、この話を聞いた子供たちが、女の子を男の子と平等に扱えとか言い出したらどうするんですか」

「それは当たり前の主張でしょう。逆に何でダメなんですか」

「オチの部分を黒塗りにしちゃいましょう」

「やめてくださいよ。読むとき困るでしょう」

「いや~、政治的だな。怖い怖い。ほら、親御さん達のクレームが聞こえてきませんか?」

「聞こえてこないですよ。何をそんなに恐れてるんですか」

「いや、私はいいんですけどね? ただ、親御さん達がどう思うかなんですよ」

「はあ……じゃあこれはどうですか? 『こぶとりじいさん』」

こぶとりじいさん……こうぶんとりじいはん……こうぶんしょとりひいはん……公文書取り扱い批判。ダメですね」

「本当に何言ってんすか」

「A先生、この話を聞いた子供たちが、基地移設反対と言い出したらどうするんですか」

「基地関係ないでしょう。どんな文脈ですか」

「タイトルの部分をシュレッダーしちゃいましょう」

「やめてくださいよ。読むとき困るでしょう」

「あのね、いい加減にしてくださいよ。政治的な主張はタブー。絶対しないに限るんですから」

「あなたは政治的な主張が嫌なんじゃなくて、自分の考えに合わない主張が嫌なんでしょう。じゃあもうB先生が選んでくださいよ」

「ふふん、これです。『さるかに合戦』。みんなで力を合わせて悪を駆逐する勇ましい物語。いいじゃないですか」

「じゃあもうそれでいいですよ」

「あ、でも『合戦』って部分がアレだな。戦闘行為が起きているような連想をさせるから……じゃあタイトルを変えちゃいましょう」

「タイトルを?」

「『さるかに武力衝突』」

「詭弁だよ」