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百合だらけの桃太郎

桃太郎 百合

 昔々あるところにおばあさんとおばあさんがいました。

 二人はかつて同窓で学んだ仲であり、周囲から見ればまるで姉妹のように仲睦まじい二人は互いに密かな恋心を募らせていたものの、折しも人間と鬼による争いが後を絶たない時代、とても学生恋愛、それもまだまだ周囲からの視線の冷たかった同性愛などしていられる雰囲気ではありませんでした。伝えられぬ恋慕の情を抱えたまま卒業と共にそれぞれの道を歩み始め、互いに男性を伴侶に持ち歳を重ねて皺を刻み生きてきた二人でしたが、突如攻めてきた鬼達の群れにそれぞれの夫を練り殺されてしまい、悲しみに打ちひしがれたまま向かった墓参りの場で運命の再会。半世紀ぶりに花開いた老いらくの恋は加速度を付けて燃え上がり、気がつけばメチャ百合キメこんでいた二人は天国のおじいさん方に少しの申し訳無さを抱きつつも、失われた青春を取り戻すようにごくごく自然な流れで同棲を始めたのです。

 おばあさんが川へ洗濯に、おばあさんも川へ洗濯に向かうと川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。

 それを見送った二人はある日、iPS細胞というものを使えば同性の間でも子供ができるということを知り、さっそくおじいさんの残した遺産を元手に手術を決行。無事、子供を設けることに成功しました。

「桃みたいに可愛らしいから桃子(ももたろう)と名づけましょう」キラキラネームでした。

 桃子は心優しく、争いを好まない女の子でした。どこかでひとたび争いが起きたと聞けばまるで我が事のように涙を流し、村でお腹をすかせた貧しい人を見かければ自分のきびだんごを分け与え、Youtubeでは子猫の動画を観るタイプだったのです。

 桃子は村でも評判の美しい娘に育ちました。ある日、桃子がおばあさん達から教わったきびだんごをしこしこと作っていると、誰かが扉を叩く音が聞こえました。

「どなたですか?」

『サルです』

  扉を開けるとそこには、ショートカットがよく似合う長身で端正な顔立ちの女が立っていました。サルです。

 サルは巷でも評判の美女であり、特に女性からの支持が強く、当人、もとい当猿もまた女たらしであることで有名でした。

「おサルさんが何の御用でしょう」

「猿も木から恋に落ちるとはよく言ったものです。一目見た時から、貴女をお慕いしていました。もう他の娘達など目に入りません。私と二人で愛のモンキーマジックを奏でてみませんか」

 そう言うなりサルは、壁に手をついて桃子を追い詰めました。壁ドンです。

「い、いきなりそんなことを言われても……」

「ウッキッキー!」

 するとまた、誰かが扉を叩く音が聞こえました。

「どなたですか?」

『イヌです』

 扉を開けるとそこには、ストレートヘアがよく似合う背が低く可愛らしい女がちょこんと座っていました。イヌです。

 イヌは巷でも評判の美女であり、家事はなんでもお手の物、当人、もとい当犬も家庭を守る女に憧れる大の世話好きでありました。

「おイヌさんが何の御用でしょう」

「惚れたが負け犬の遠吠えとはよく言ったものです。一目見た時から、貴女の忠犬ハチ公でいたいと思っていました。不束者ではございますが、私と二人で愛のわんわん物語を紡いでいきませんか」

 そう言うなりイヌは、桃子の首筋に鼻をあて身体の匂いを嗅ぎ散らかしました。匂いフェチです。

「い、いきなりそんなことを言われても……」

「ワンワンワーン!」

 するとまた、誰かが扉を叩く音が聞こえました。

「どなたですか?」

『キジです』

 扉を開けるとそこには、ボブカットがよく似合うスーツでメガネの女が舞い降りてきました。キジです。

 キジは巷でも評判の美女であり、某大手企業で若くして係長を務める才女。当人、もとい当鳥も今の時代、女はバリバリ働いてナンボと考えるキャリアウーマンでした。

「おキジさんが何の御用でしょう」

「雉も鳴かずばハートを撃たれまいとはよく言ったものです。一目見た時から、貴女の色んな所をつつきたいと思っていました。バリバリ働きますので、私と二人で××××××××しませんか」

 そう言うなりキジは、目の前で両手をバサバサを扇ぎ始めました。これに関しては何がしたいのかわかりません。

「い、いきなりそんなことを言われても……」

「ケンケンケーン!」

「ちょっとあんた達、うちのかわいい一粒種に手を出すんじゃないよ!」

 洗濯から帰ってきたおばあさん達がそう叫ぶと、三匹はしずしずと正座をし、頭を下げ始めました。

「お婆さま、いやお母さま、いやお姉さま。どうかおたくの桃子さんをこのサルめにください」

「いいえ、このイヌが炊事洗濯掃除に夜伽まで、桃子さんの面倒を終生見させていただきます」

「何を言いますか、このキジこそが。稼ぎに稼いで、桃子さんに一生楽をさせてみせましょう」

「こらイヌ、少し生意気だぞ。穴でも掘っていろよ」

「キジさん、少し生意気です。空でも飛んでいては」

「ねえサル、少し生意気だわ。柿でも食べてなさい」

 戸惑う桃子を置き去りに、繰り広げられる動物大運動会。おばあちゃん達は桃子の心を尋ねることにしました。

「ねえ、桃子。この中に意中の人はいるのかい?」

「いえ、いません。私には、その……」

 桃子がこっそりその場を去ろうとすると、またしても誰かが扉を叩く音が聞こえました。

「どなたですか?」

「鬼です」

 その瞬間、それまでの喧騒が静まり返り、やがて緊張感が部屋を包みました。サルは爪を立て、イヌは牙を剥き、キジは嘴を尖らせ、扉の方へ敵意を向けました。

「桃子、その扉は開けちゃいけなーー」

 なんと桃子はおばあさん達の制止を聞かず、扉を開けてしまいました。

 扉の向こうにいたのは、どこにでもいそうな普通の女の子。ただひとつ違うのは、頭から一本の角が生えていることくらいでした。

 みんなが驚いたのはそこからでした。桃子はあろうことか鬼に抱きついたのです。

「鬼子ちゃん、私を連れて鬼ヶ島へ逃げて!」

「桃子、これはどういうことなんだい!」

「実は私と鬼子ちゃんは愛し合っているんです!」

 騒ぎを聞きつけ、村の者達が桃子の家へ集まってきました。

「うわ、鬼だ。みんな、こいつを追い出せ!」

 村の者達は思いの丈、罵倒や怨嗟の声を鬼子達にぶつけ始めました。飛んできた石や薪が、鬼子や桃子の身体を無情に傷つけていきます。

「おばあさん、聞いてください。今日は、桃子さんとの交際を認めてもらいたくてここに来たんです!」鬼子が叫びました。

「なんだって、人間と鬼が付き合うだなんて、そんな馬鹿げた話があるか! だいたい女同士じゃないか!」

「どうせ俺達を騙くらかす気だろう。人間の女に取り入るなんて、相変わらず汚いやり口だ!」

「おばあさん!」罵声の嵐に負けず、鬼子が口を開きます。「私達は本気です!」

 おばあさん達は二人の目を見つめました。止まない攻撃の中で揺らぐことなく、まっすぐに向けられた四つの美しい瞳。固く結んだ両手を見れば、おばあちゃん達には痛いほどにその想いが伝わりました。二人の間には確かに、血よりも濃い絆があったのです。

「桃子や、お前のことだから、騙されたとかイタズラのつもりだとかそんなことではないんだろう。しかし、誰と付き合っても鬼とだけは絶対にダメだ」

「わかっておるじゃろう、私達の夫は鬼に練り殺されてしまったんだ。人間と鬼の関係は、好いた惚れたではもうどうにもできない因果があるのじゃよ」

「だいたい鬼と人間では決して幸せには……」

「みんなのわからずや!」桃子が叫ぶと、攻撃が一斉に止みました。

「どうしてダメなの? 人間と鬼であることが、そんなにダメ? ただ私達がお互いにお互いのことを好きなだけなんだよ。その想いは自分達じゃどうすることもできないだなんて、みんなだってわかってるじゃない。犬さんだって、サルさんだって、キジさんだって、人間の私のこと、種族の違いなんて気にせずに好きになってくれたんでしょう」

 その言葉に、サルは尻を赤くし、イヌは尻尾をうなだらせ、キジは羽をしまいました。

「おばあちゃん達だって、同じ女同士だけど、周りの視線なんてどうでもいいって思ったからこそ、こうして二人で一緒にいるんじゃない。私は二人に育ててもらって、自分の親が二人とも女であることを不思議だとも嫌だとも思ったことはないし、むしろいつも仲の良い家庭で育ててもらって、幸せ者だなって思って生きてきたんだよ。なのに私は自分が好きな人……じゃなくて好きな鬼を、好きでいることすら許されないの?」

「しかし、鬼は今までに何百人も人間を殺してきたんだ!」村人が叫んだ。

「人間だって、何千匹と鬼を殺してきたじゃない! そもそも、いつまでもみんなでそうやって争っていること自体おかしいよ!」

 桃子の叫びが村中にこだまします。誰もがその心からの真摯な声に耳を傾け、打ちのめされたような表情を浮かべていました。あの大人しい桃子から、このような言葉が出てくるなんて……おばあさん達はかつての自分達が味わった、愛する人と結ばれぬことの苦しさ、せつなさ、やるせなさを思い出し、胸の奥にほろ苦い感情が湧き出します。

「それに、みんながなんと言おうと」

 桃子は鬼子の腕にしがみつき、その肩へ薄紅色に染まった頬を押し寄せると、

「私の心はもう、鬼子ちゃんに退治されちゃってますから」 

 とか言い出しました。

 誰もが二人の関係に口を挟むことをやめようかと思い始めましたが、それでも保守的な者達は残るもの。やっぱり認められないという声があがりかけたその瞬間、肩で風切る二人の老婆が桃子と鬼子の前に立ちはだかりました。

「やれやれ、私達としたことが……愛する娘のことなのに、そんな大事なことにどうしてもっと早く気付いてやれなかったのか。歳は取りたくないものだねえ」

「いいかい、桃子。こう見えてもおばあちゃん達はね、女二人の生活だといつ鬼から襲われるかわからないから、おじいちゃん達が亡くなったあとは密かに身体を鍛えていたんだよ」

 二人の老婆が上着を脱ぎ捨てタンクトップ姿になると、そこに無駄な贅肉を残さず、まるで大樹の枝のように固く引き締まり、鈍色に輝く筋肉が姿を表しました。老いてなお盛んとはまさにこのこと。おばあさん達の拳は音を置き去りにしたのです。

「桃子や、あんたは争いを好まない優しい子だから、こういう手段は好かないかもしれないけれども、私達は全ての人間、全ての鬼を薙ぎ払ってでも、あんた達の恋路を守っていく決心を固めたよ」

 そしておばあちゃん達は村の者達の前で『構え』てみせました。その姿、まるで武神か仁王像。風が止み、地が震え、一帯の空気がキンと張り詰め、二人の老婆のまるで鷹のような鋭い目に、誰もが射竦められ身動きが取れませんでした。

 すると、それまで桃子を奪い合っていた三匹までもが、おばあちゃん達に並んで二人の若い百合ップルを守り始めたのです。

「文句あるやつ、かかってこいや!!」

「その必要はないわ!」

 老婆に怯える村の者達をかき分けて、かっちりとしたスーツを着たひとりの女が姿を見せました。その手には一枚の紙が握られています。

「たった今、人間と鬼との間に平和条約が結ばれました。これはその調印書よ。私達はもう、血で血を洗う争いをせずに済む。戦いは終わったの。もしこれ以上争うようなら、容赦なくしょっぴいてもらうわよ!」

 女の言葉に一瞬、村の者達は困惑の顔を見せましたが、やがてつきつけられた事実を少しずつ受け入れ始めると、僅かな戸惑いの中にも歓喜の声が湧き上がり始めました。

「おばあさん達、もう暴力に訴えることはありません。全ては平和的に解決しました」

「あんたは一体なんなんだい?」

「どこにでもいる通りすがりの総理大臣ですよ」

 桃子はスーツの女に駆け寄ります。

「どなたか存じませんが、ありがとうございます。まさか、こんな日が来るとは、本当に私、夢みたいで……」

「いいえ、私も貴女と同じよ。人間と鬼が争い続けることが嫌だっただけ。まあ、ここまで頑張れたのもひとえに」

 女はウィンクをしてみせました。

「昔、小さな女の子から分けてもらったきびだんごの味が忘れられなかった、ってところかな」

 こうして人間と鬼の長きに渡る争いは、種族も性別も乗り越えた不屈の愛の力を前に終わりを告げ、桃子と鬼子は誰の目を気にすることもなく、二人でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。余談ですが物語の冒頭で天に召された二人のおじいさんはかつて同じ教室で学んだ仲であり……。

 

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