国と郷土愛に満ち溢れたおとぎ話
「A先生。明日の読み聞かせ会、どの作品を子供達に読み聞かせるか、もう決めましたか」
「あ、B先生。お疲れ様です。結構迷いましたが、無事決まりましたよ」
「そうですか。たしか今回は『外国のおとぎ話』でしたっけ。私としては、日本のおとぎ話でも良いじゃないかと思うのですが。日本にはいい昔話が多いですからね」
「ですがB先生。海外のおとぎ話にもいい作品がたくさんありますから」
「ええ、まあ、そうなんですが。ちょっと不安がありまして。海外のお話ばかり聞いていると、こう、国や郷土を愛する心を養いづらいといいますか。ほら、子供達は繊細ですから」
「国や郷土を愛する心、ですか。まあ、ただの昔話なのでそこまで深く考えなくても」
「そんな考え方じゃダメですよ。たとえばA先生、どのような話を読み聞かせるつもりなんですか」
「そうですね。『ヘンゼルとグレーテル』なんかいいんじゃないかと思うんですが。ほら、お菓子の家なんかは子供の好物ですし」
「お菓子の家、ですか……ちなみにそのお菓子の家はどんなお菓子で出来ているんですか?」
「えっ。それはなんでもいいとは思いますが……たとえばチョコレートの壁とか、ウェハースの屋根とかじゃないですかね」
「うーん……A先生。このお菓子の家の材質、全部和菓子に変えてもらいませんか?」
「はあ? それはまたなんででしょう」
「いえ、やっぱり昨今の教育はどうにも洋式の文化ばかり取り入れてしまって、国や郷土の文化を愛する心、日本という国を見つめて尊ぶ精神が欠けているんじゃないかとね、思うわけですよ」
「そういうのはちょっとわからないんですけれど、これは海外のおとぎ話なんですよ」
「いわゆる翻案と言いますか、昔はよくあったやつですよ。日本風にアレンジしてもらえばいいんです。それを読み聞かせることによって子供達に、自分の生まれた国に対する愛を育んでほしいんですよ。たとえばほら、そのチョコレートの壁を練りきりに変えたり」
「練りきりですか。今の子供達に練りきりはウケが弱いと思うのですが……いや、練りきり自体はいいお菓子だとは思いますけれど」
「ウェハースの屋根を雷おこしにしたりね、マシュマロの煙突を麩菓子にしたり、やり方は色々あるわけです。あ、パンをちぎるシーンは甘食に差し替えましょう」
「甘食ってジャンル的にはパンの気がするんですか……そもそもキャラクターの名前がヘンゼルとグレーテルですからね。『太郎と花子』とかにすればいいんですか?」
「そう、それですよ。あ、悪い魔女の部分はそのままでいいですよ。魔女っていうのは海外の文化ですから、倒される悪役っていうならそのままで」
「話が極端な気がするんですが、うーん。ちょっと話を預からせてもらって……あと『青い鳥』も読み聞かせようと思ってるんです。すごくいいお話ですよね」
「それはいいですね。幸せは身近なところにあった、というやつですね。真の幸福は自分の生まれ育った国にあった、みたいな」
「ちょっとその解釈はよくわからないんですけれど……じゃあ『シンデレラ』なんてどうですかね。女の子は喜ぶんじゃないですか」
「シンデレラ、ですか。うーん、たしかシンデレラは意地悪な継母と二人の姉と暮らしているんですよね。それはちょっとなあ」
「何か問題でも?」
「そういう特殊な編成の家庭はちょっと、国の求める家庭像とはちょっと違うというか。継母がいじめるシーンもあるんでしょう? 家族愛の描写に欠けていますよね」
「なんですか、国の求める家庭像って。そんなの海外のおとぎ話に関係ありません。いや日本のおとぎ話にだって関係ないですよ」
「そういう家庭が普通なんだって子供に思わせるのはね、やはりよろしくない。この国にとって家族というのは、両親子供キチンと揃っていて、いかなるときも互いに支え合わなければならないというのがあるべき姿なんです」
「さすがにそれは家庭によりけりだと思うんですけれど、じゃあどういう風に変えればいいんですか」
「シンデレラは優しい両親ときょうだいに囲まれて仲良く暮らしていましたが、ある日みんなで行ったお祭りで出会った若殿に見初められ、夫婦になり子を生みましたとさ」
「何が面白いんですかその話。話に波がなさすぎますよ」
「A先生は面白ければ継母が娘をいじめてもいいというんですか?」
「それは極論が過ぎますって。ガラスの靴とか、カボチャの馬車とか、そういうのをファンタジーなものを出さないと子供は納得しませんよ」
「カッパとかですか?」
「出せばいいってものじゃないですよ。カッパで気を引くとか、売りのない田舎の自治体じゃないんですから」
「このままでは埒があきませんね。もう日本のおとぎ話にしませんか?」
「あなたがややこしくしてるんですよ。じゃあこの『おおきなかぶ』なんてどうですか? みんなで力を合わせることの尊さを教えて、なかなかいいと思いますが」
「おっ、それはいいですね。進め一億かぶ抜きだってことですよね」
「それはちょっとわかんないですけれど、かぶを引っこ抜くシーンなんかは園児たちもみんな盛り上がりますよ」
「そうそう、みんな立ち上がってがんばれー!とか言ってね」
「がんばれー!がんばれー!ってね」
「首相がんばれー!日本がんばれー!ってね」
「首相関係ないっすね。なんで首相出てきたんですか」
「かぶ抜き法案国会通過よかったです!」
「なんで国を通じてかぶ抜いてんすか。先生、さっきから何を言ってるのかわかんないですよ」
「あなたこそ、国のことをちゃんと考えているんですか?」
「私は子供達のことしか考えていません。じゃあ『パンを踏んだ娘』……はダメなんだろうなあ」
「パンはダメですね。練りきりにしましょう」
「あんた練りきり好きですね」
「何度も言わせないでください。日本の文化、郷土の文化を取り入れることが重要なんです。教訓は二の次でいいんですよ」
「よくないですよ。じゃあもう日本のおとぎ話でいいですから、B先生が用意してください」
「あれ、いいんですか。ではお言葉に甘えて……やっぱり日本の昔話らしく日の丸が活躍する作品が最高ですよね」
「はいはいそうですね」
「『北風と太陽』!」
「イソップ童話だよ」