もしも桃太郎がB級モンスターパニック映画だったら
昔々、おじいさんとおばあさんが砂浜でバカンスを楽しんでいました。
「ばあさんや、こんなところに来てまで洗濯をしているのか? そんなことより泳がんかのう」
「おじいさん、ここは遊泳禁止ですよ」
「なあに、かまわんわい。こう見えても昔は竜宮城でブイブイ言わせたもんじゃ」
おじいさんは小麦色に焼けた肌を波に委ねました。ビキニ姿のかぐや姫にいいところを見せようと思ったのです。
すると、水平線の向こうから大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきて、とぷんと水面下に沈んだその影はゆっくりとおじいさんの真下へと進んでいきました。
「おーい、ばあさんや。結構気持ちがい……」
瞬間、おじいさんは何か強大な力によって凄まじい勢いで海の底に引きずられました。
「きゃあああ! おじいさん!!」おばあさんが叫びました。
すると、真っ赤に染まった水面から勢い良く何かが飛び出して来ました。見るも無惨なミンチになったおじいさんです。
逃げ惑う人々、悲しみに暮れるおばあさんは、砂浜で一人の赤ん坊を見つけました。
親とはぐれたのかしら。赤ん坊を連れて逃げるおばあさん。怪物巨大桃がいた海岸で拾ったので、桃太郎と名付けました。おばあさんは気が動転していたのです。
一方その頃、鬼ヶ島ではちょっとした騒ぎが起きていました。
「大変だ、俺達が秘密裏に開発していたパワーアップエナジーをうっかり桃の実にこぼしてしまった」
「なんだって。人間を倒すために作った貴重なエナジーを? なんてもったいなことをしたんだ」
「すまない。桃は海に捨てておいた。でもまあ、あれはまだ未完成品だからな。特に何も問題なんか起きやしないだろう」
しかし、鬼ヶ島の海岸には何かに食いちぎられたようなたくさんの魚の死体、そして鬼の角が……。
巨大桃の出現から数年後、桃太郎はすくすくと育ち、立派な青年になっていました。けれど、まだまだ恋愛には奥手だったのです。
そんな彼にも最近、気になる相手ができました。犬です。普段は奥手な桃太郎も、この日ばかりは一大決心。犬にアプローチを仕掛けることにしました。
ドゥンクドゥンクとノリのいいダンスサウンドが流れるクラブの壁際でコロナビールを飲んでいる犬に、桃太郎は声をかけます。
「あら、桃太郎じゃない。なんの用?」
「あのさ、犬ちゃん。実は今度一緒にきび団子を……」
「おいおい、俺の女に何してるんだ?」
二人の間を割くように姿を見せた巨大なオス。猿でした。猿は近所でも評判の力持ちであり、動物達の間では負け知らずの相撲取り。実は犬のボーイフレンドであり、犬猿の仲とはなんとやらだったのです。
「桃太郎じゃねえか。ひねり殺されてえのか。お家に帰ってきび団子でマスでもかいてな!」
犬を連れて行く猿。肩を落とす桃太郎を慰めたのは、昔からの友人であるキジでした。
「おいおい桃太郎。またフラレちまったのか?」
「キジ……やっぱり僕はダメだよ。猿なんか相手にして勝ち目なんかない」
「何言ってるんだ。こういうのは勢いなんだよ。猿なんか、図体はでかいけど頭は空っぽだよ。まるでピクルスの入ってないハンバーガーみたいなもんさ」
「だって、僕の身体観てくれよ。こんなにひょろいんだぜ。まるでマクドナルドのフライドポテトだ。猿がハンバーガーなら、俺は添え物のフライドポテト。女の子は振り向いてくれないよ」
「桃太郎、お前は賢いじゃないか。それに誰よりも優しい。俺にはわかる。なあ、桃太郎。今の世の中、力じゃなくて知性だ。ギークだからといって馬鹿にされる時代は終わった。さるかに合戦だって、悪い猿は頭脳プレーの前に敗れただろ?」
「僕はただのガリ勉だよ。それに、度胸もない。万が一、犬が俺に振り向いたとしても、猿からの仕返しが……フウ、怖いんだ」
「大丈夫だって。それにウワサで聞いたけれど、最近犬と猿の仲はあんまり良くないらしい。猿の自分勝手さに犬が振り回されて、だんだん嫌気が指しているみたいだ。俺が見たところ、犬はいい加減猿と別れたがっていると感じるね」
「そんな、あんなに仲がいいのに」
「それは猿が怖くて犬が正直になれないんだろう。猿は犬に首ったけだからな。でもお前や猿が犬に夢中になる理由はわかるよ。なんたって犬のあのボディラインはそそるからな。俺もちょっと気になっているんだ」
「ちょっと、やめてくれよ。犬をそういう目で見るのは」
「ははっ、冗談だよ。俺にはもうかわいい彼女がいるからな。そうだ、今度俺とお前、そして犬と猿を連れて四人で鬼ヶ島に行かないか?」
「鬼退治? あの二人と? どうしてまた?」
「いいか。作戦はこうだ。夜、俺が猿を呼んで引きつけておく。その隙にお前は犬のもとへ行って、二人きりになったところでアタックするんだ」
「そんな、無理だよ。第一、一緒に鬼退治に行ってくれるかも怪しいのに。ましてや口説くなんて」
「大丈夫だって、お前ならできる。俺が手回しをしてやるから。まあお前はまだ初体験も済ませてないからな、緊張するのはわかるよ。でも俺はお前の中に、スーパーマンが眠っていることを知っている。昔から、そんな予感がするんだ」
「買いかぶり過ぎだよ。でも、ありがとう。そうだな。僕も男だ、頑張ってみるよ」
「そうこなくっちゃな。早速俺は二人を鬼退治に誘ってくるよ。来週の日曜でいいか」
「ああ、頼む。キジ、君が友達で……本当によかった」
「どういたしまして。おっ、そうだ。桃太郎、当日はゴムを忘れんなよ。なんなら貸してやろうか?」
「ああ、洗って返すよ」
「バーカ。へへっ、じゃあ鬼退治、楽しみにしてろよな!」
そして数日後、四人は鬼ヶ島へ鬼退治に向かいました。
ところが、ゆけどもゆけども肝心の鬼がどこにもいないため、やる気満々だった猿は欲求不満気味です。それどころか鬼ヶ島は不気味なほど静かで、まるで無人島の様相でした。
仕方なく四人はテントを張って寝ることに。そこでキジは「実はあそこにお宝が隠されているんだ」と嘘をついて猿を森の奥へ誘いました。
そして、桃太郎と犬は二人きりになったのです。
「犬ちゃん……最近、猿との関係はどう?」
「ふう、私ね。正直疲れちゃったんだ。猿のやつってば、いっつも自己中心的で、私の都合なんかお構いなし。でも逆らったら何されるかわからないじゃない? あいつ、毎日バーで弱い者相手に脅して暴れまわっているらしいけれど、みんな怖くて言い返せないの。猿のやつ、脳みそまで筋肉なんだから」
「そうなんだ。でも、あの強さはちょっと憧れちゃうかな。僕にはないものだから」
「ううん、あんな野蛮な猿のことでも憧れることができるなんて、それも立派な強さだわ。とっても素敵なことよ」
「そうかな。僕だって君のいいところをたくさん知っているよ。笑顔がキュートだし、誰に対しても明るくて、みんなの人気者で、それに君はとっても……セクシーだ。ごめん、俺何言ってるんだろう」
「ううん、お世辞でも褒めてくれて嬉しいわ」
「お世辞なんかじゃないさ。君はとっても魅力的な人だよ」
「みんな、私のことを褒めてくれるのよ。猿のことが怖いから。でも知ってる。私は陰で、あいつは猿をボーイフレンドにすることで、周りに威張り散らしたいだけなんだって言われてること」
「そんな。僕はそんなこと、これっぽっちも思ってないよ。周りからみたら君達はその……とても似合いのカップルに見えるのかもしれない」
「そうね、それもよく言われるわ。二人とも、性格が悪そうに見えるからね」
「でも、僕には……ああ、こんなこと言ったら嫌われるかもしれないけれど、正直に言うよ。猿は君に釣り合わないと思っている。ごめん、失礼な事を言ったよね」
「驚いたわ。そんな事言う人なんて、今までいなかったもの。みんな、猿のことを怖がっていたから。あなたは怖くないの? 私が猿に告げ口するかもしれないのよ?」
「怖いさ。すごく怖い。でも、本音だから……告げ口されたって、それはそれで仕方ないよ」
「ふふ、桃太郎ったら意外と度胸があったのね。じゃあ、どんな人だったら私に釣り合うと思うの?」
「それは、もっと賢くて、大人しくて……例えば、えっと……」
「例えば?」
「そうだね……僕、とか」
「ワオ、桃太郎、本気で言ってるの?」
「本気だよ。僕はいつだって本気だ」
「桃太郎、あなたよく見ると目がきりっとしているのね」
「君の瞳だって、とても素敵さ。月の光が反射して、綺麗に輝いている。ああ、心臓がドキドキしてきた。ごめん、こういうの慣れてなくて」
「ううん、私もドキドキしてきたわ。なんだか身体が暑くなってきたみたい」
「犬……」
「桃太郎……ねえ、さっきの言葉、猿が私と釣り合わないってやつ。猿の前で言えたら、付き合ってあげる」
「本当? ああ、でも……すごく度胸がいるな。僕殺されちゃうかも」
「ナイトはいつでもお姫様のために戦うものよ」
「……そうだね。その通りだ」
「ねえ、私達が初めて会った日のことを覚えてる?」
「ああ、一寸法師の開催したパーティーだろ? あの時から君のことを、ずっと考えていたよ」
「そうなの? 私もあの時、他の人とは違う感情を、あなたに抱いていたの。でもあなたはキジとお話をするのに夢中で」
「あれはキジに振り回されていただけさ。あいつは女の子にはすぐ手を出す軽いやつだけど、とってもいいヤツさ」
その時、後ろから物音が聞こえました。猿とキジが戻ってきたのです。
「おい、お前ら二人きりで何を話していた?」猿がにらみます。
「別になんでもないわ。星が綺麗ねって話してただけよ。それよりお宝は見つかったの?」
「見つからねえよ。キジのやつ、デタラメ言いやがって。でもなんか変な足あとのようなものを見つけたな。鬼のものでも動物のものでもない、やたらでかい足あとだ」
「そうなんだ、不思議だね。さあ、もう寝ようか」
そしてひとりと三匹は寝ることにしました。二人の様子を見たキジは何かを察したようで、ニヤリと笑うと桃太郎の尻を軽く叩きました。
翌朝、キジは足元に何か濡れたような感触がして目を覚ましました。すると、何か巨大な触手のようなものがキジの足に絡みついていたのです。
「う、うわああ! なんだ、なんなんだこれは!」
「どうしたキジ!」
「た、助けてくれえ! うわあああ!!」
桃太郎も犬も猿もバッと飛び起きて、その異様な光景を目にしました。叫び声を上げながら何か巨大な触手に引きずられていくキジ。桃太郎はそれを必死に追いました。
そしてとんでもないものを目にしました。触手の先にあるもの、海辺から姿を見せたのは桃太郎達の五倍はあろうサイズの巨大な桃。そのとき、桃太郎は遠い昔おばあさんから自分の名前の由来を思い出したのです。
「も、桃太郎! お前は来るな、逃げろ!」
海の中に引きずり込まれたキジ。そしてグッチャグッチャという音がした瞬間、水面は真っ赤に染まり、巨大桃はプッと何かを吐き出しました。バラバラになったキジです。そして巨大桃は海面から飛び出し、森のなかへと入ってきました。
桃太郎は狂ったように泣き、犬はあまりにも無惨な光景に嘔吐、しかし猿だけがギラギラと目を輝かせていました。
「鬼がいなくてウズウズしていたところだったんだ。この化け物め。俺が相手になってやらあ!」
猿は岡山仕込みのシコを踏むと、桃をめがけてドンブラコ。強烈な体当たりをかましたものの、巨大桃はビクともしません。猿は触手で殴られて、三メートルほど吹っ飛びました。
「ひいいい! 強すぎる! こんな奴に勝てるわけがねえ。俺は逃げ出すぜ!」
「ま、待て猿! せめて犬を連れていくんだ!」
「そんなやつ、足手まといになるだけだ! お前らはエサになってそいつの気を引きつけておくんだな!」
猛ダッシュで逃げ出した猿は浜辺に止めておいたモーターボートで鬼ヶ島から脱出。しかし再び海に潜り込んだ巨大桃に、追いつかれてしまいました。
「ふう、ここまでくればもう安心、ってあああ~!!」
猿はモーターボートごと食いちぎられました。
「どうしよう、桃太郎。私、怖いわ!」
「大丈夫、僕から離れないで」
すると、口の端から猿の手首をぶら下げたままの巨大桃が、海から這い上がって二人に襲いかかりました。
「きゃあああ!」
しかし、巨大桃は桃太郎の姿を見るなり、動きを止めてしまいました。そのとき、桃太郎は見たこともないはずの凶悪な巨大桃から、何か親近感のようなものを覚えたのです。
そして思い出しました。俺は巨大桃が現れた日に浜辺で捨てられていた子供……もしかして俺と巨大桃は……。
ですが、考えている暇はありません。巨大桃の触手は桃太郎を避け、背後にいた犬へと襲いかかりました。
「させるか化物! こいつをくらえ!」
桃太郎はそばにあった「日本一」と書かれた旗を拾うと、木の棒の部分で巨大桃を思いっきり突きました。
ギエエエエ!!
断末魔の叫びをあげる巨大桃。それからゆっくりと力尽き、血しぶきを上げて爆発四散したのです。
「すごいわ、桃太郎。やっぱりあなたは最高にクールよ」
「君がいたから強くなれたんだよ。さあ、帰ってベッドでめでたしめでたししよう」
二人はボートに乗って自分達の村へ帰りましたとさ。
一方、鬼ヶ島にある巨大桃の血だまりの中では、巨大桃の中にあった種がピクピクと動き――。
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